「まだ」終わってない

復興へのアクション復興へのアクション
未来の防災は、関心を持ち続けることから
2020.09.18
未来の防災は、関心を持ち続けることから
千曲川広域支援サテライト
長野県社会福祉協議会
統括生活支援相談員 山﨑博之(やまざきひろゆき)さん
復興支援コーディネーター 井上洋輔(いのうえようすけ)さん
当時、2メートルほど浸水した長野市長沼地区。その地域住民の拠り所である赤沼公会堂は、ボランティアの拠点となって早くから復旧作業が進み、今年4月、県社会福祉協議会はここに「千曲川広域支援サテライト」を設置しました。市町村社協や各地域と協働して、復興期の支援の形を模索しています。

<サテライトの主な取り組み内容>------------------------------
① 復興期の現地見守り支援
② 農業×福祉の連携、農業ボランティア支援
③ 防災学習の仕組みづくり
④ 他地域との交流促進・情報発信
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昨年の10月13日から各自治体で立ち上がった災害ボランティアセンターの現地支援、そしてこの4月からは、千曲川広域支援サテライトとして、地域や各社協と連携しながら広域で取り組みを進める、長野県社会福祉協議会の山﨑さんに、これまでの困難やこれからの課題についてお話をうかがいました。
コロナ禍での復興支援の難しさ
「復興には、外から人に来てもらって地域の人と交流をしながら、いかに地域を盛り上げていくかが大切なので、それができなかったのは大きな壁になりました。」

 雪の季節を抜け、さあ、これから本格的な活動が再開!といった矢先の新型コロナウイルス感染拡大の状況は、地域のみなさんをはじめ、支援活動の中心にいる山﨑さんたちを悩ませましたが、できることから取り組もう、と切り替えて対策を立てていきます。
コロナ禍での復興支援の難しさ
「千曲川広域支援サテライトの活動の一つである、学習支援・交流促進事業で、本来は被災地を“生”の学びの教材として、外の方に視察にきてもらいたかったのですが、それができない状況にあります。そこで地区の人と話し合いながら、防災学習となる教材を作って、逆にこちらから地域外の方、次世代の皆さんへ発信をしていくことにしました。」
「たくさんのボランティアに支えられて地域の復旧が進んできました。今度は逆に、生きた教材として経験を伝え、各地の防災が高まっていってもらえたら、と考えています。」

被災地域への関心を持ち続けてもらい、コロナ禍でもできることに取り組む。そして、やがてコロナ禍を乗り越えた後にも交流が続くようになってほしいですね。
千曲川広域支援サテライトでは、住民の皆さんが立ち上がっていく様子や、多くのみなさんが心配してくださっている、「りんごはどうなったのか」という情報も発信しています。
「いま、りんごは大きな実をつけて、赤くなりかけています。そういった情報を知ることや関わりを、地域の皆さんに、今後も持ち続けていただけたら嬉しいです。」
このサイトでも紹介していますが、「千曲川広域支援サテライト」のFacebookもぜひチェックしてください!
大きな笑い声でにぎやかな事務所の部屋をのぞくと、サテライト常駐のスタッフの方たちが明るく迎えてくれました。そのうちのひとり、駒ケ根のJOCAから長野に来たエネルギッシュな井上さんは、復興期における農業と福祉の連携について模索している最中、と話してくれました。
ボランティアで終わらない。地域に根付いた仕組みにしていくために
「7月に、障がいのある方と一緒に草刈りボランティアをしたのですが、草刈り技術が長けている方がいて。ほんとにすごい上手なんですよ!住民さんが「またいつでも来てもらいたい」と言って、喜んでくださったんです。障がいのある方々の隠れた能力が、まだまだたくさんあるのだろうなと思いました。」障がいのある方々が地域に出やすい仕組みをつくって、住民のみなさんにその可能性を見ていただきたい、と笑顔で話す井上さん。
ボランティアで終わらない。地域に根付いた仕組みにしていくために
災害に関係なく〝草刈り“は常にある問題ですが、特に浸水した地域では、2~3メートルの高さの雑草が侵食している畑や農道も多くあります。そんななか、「ストレス解消になる」と言って草刈りを楽しんでくださったボランティアの女性の方々も多かったとか。「ボランティアで終わらせず、地域の活性化として、住民さんと一緒に考えながら持続可能な仕組みづくりができたらいいなと思います。」
青年海外協力隊として、福祉支援を専門に海外を見てきた井上さんが長沼・豊野地区に来てからまだ数か月。被災した当時の状況は見ていないけれど、着任後、すぐに近隣の農家さんをまわり、お手伝いをしながら精力的に情報収集にあたりました。 「長沼に来たばかりの時、よそから来たばかりの僕に住民の方が明るく挨拶を返してくださって、人と人の距離が近くていいところだなと思いました。もともとここはそういう地域なんだな、って。だからこそ、普段から地域コミュニケーションが取れるようなエリアをさらに拡げていけたら、そして自分がその架け橋として支援していけたらいいなと思います。」