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災害を経て移住、小布施町で学生拠点「信州ベース」を運営
2020.12.03
災害を経て移住、小布施町で学生拠点「信州ベース」を運営
須磨 航 (すま わたる) さん
信州ベース(大学生災害ボランティア支援拠点) 代表
被災地を写真でつなぐ実行委員会 代表理事
2020年4月〜 小布施町 地域おこし協力隊 防災担当
誰でも人生で、二者択一を迫られることがあります。須磨航さん(22歳)もその一人です。「勉学」と「災害支援」のどちらを優先すべきか・・・。葛藤(かっとう)しながら、令和元年東日本台風(略:台風19号)発災から一週間後、着の身着のまま長野市に入りました。

福井県出身で、当時北九州市立大学の学生だった須磨さん。台風19号災害以前から、九州北部豪雨災害(2017年)や西日本豪雨災害(2018年)にも学生ボランティアとして取り組んでいた経験がありました。

学生の人脈と発信力を生かし、北九州市と長野市を往復しながら、災害支援に奔走。小布施町で地域の大学生とともに「信州ベース(大学生災害ボランティア支援拠点) 」を立ち上げました。現在は地域おこし協力隊としても活動しています。県境を超えて、学生と地域をつなぐ須磨さんをたずねました。

被害状況を知り列車に飛び乗り長野へー災害支援者との再会
以前から学生ボランティアとして取り組んで来ていた須磨さん。台風19号が日本列島を襲ってから1週間後、2019年10月19・20日と名古屋市で開催された「防災推進国民大会2019@NAGOYA」に、北九州市から参加していました。

「長野はもちろん、関東、東北方面の被災状況は報道で知ってはいました。でも自分は大学4年生で、卒業論文や資格試験の準備もあり、被災地へ向かうつもりはなかったのです。ところが、そこで長野の災害報告を聞いて、これは行かなあかん!と思い立ったのです。そのまま名古屋で長靴・合羽など作業に必要最低限のものを買って、21日には名古屋駅で特急しなの号に乗っていました」。でもその時は、数日の活動で九州に帰るつもりだったといいます。


※写真は須磨さん提供 (2019年10月19・20日、名古屋市で開催された防災国体2019)
被害状況を知り列車に飛び乗り長野へー災害支援者との再会
2019年10月21日、長野入り初日。長野市南部災害ボランティアセンターで受付をしてバスに乗り、被害の大きかった長沼地区で最初のボランティアをしました。

泥に埋まる家屋や畑、泥水にまみれた家財が、至る所に山積みとなっている状況を見たとき、「どこもかしこも茶色になるのは、(自分が経験してきた被災地と比べ)変わらないな」と意外にも驚かない自分がいました。しかし「フェンスにトラックが乗り上げていたのも見え、「思った以上に被害が広範囲。まだまだだな。やっぱり。(作業や復旧がこれからという意味)」と感じる一方で、他県の被災地に比べこの段階で「ボランティアは想像以上に大勢いるんだなぁ」とも見てとれたそうです。

被災地で、以前の災害ボランティア活動で出会った災害NGOの代表とばったり再会。そのNGOが借りた拠点で寝泊まりしながら、必要な場所で必要なボランティア活動をする日々が続きました。その結果、ボランティアセンターの手伝い、学生会議のサポート、子どもの学習支援など長期での支援活動へとつながっていったのです。

※写真は須磨さん提供 (2019年11月8日に撮影 りんごの木が呼吸できない…)
北九州市では長野の状況を伝え、長野では学生に北九州での経験を伝える
大学での勉強もあるため北九州市との往復が続きました。「被災家屋の屋根に漂流したりんごが載っていたのは絶句というかショック」と須磨さん。こうした現状を、北九州の人たちが全く知らないことに気づきます。名古屋の報告会で聞いた頭の中の長野の状況と、自分の目でみた長野の現状と整合性がとれ、北九州の人たちにこうした現状を発信することは、自分の役割だと感じます。

そこで、まず、学生にはSNSを使って発信しました。また、北九州に戻った際には、防災訓練の時に、「長野ではボランティアは不足している、学生でも現地に行ってボランティアができる」など、災害状況の写真や、傷ついた生のりんごを持ち帰って展示しながら現状を伝えボランティアを呼びかけました。

※写真は須磨さん提供 (2019年11月30日に撮影 北九州市到津校区防災訓練にて写真展示)
北九州市では長野の状況を伝え、長野では学生に北九州での経験を伝える
一方、長野での支援活動では、地域の高校生や大学生のボランティアとも出会います。発災後、高校生が作る団体「Fourth Place」の主催で「高大生災害情報共有会議」が長野市内で開催されました。会議の進め方などを裏方として、アドバイスをするなどしました。

須磨さんは、以前の九州北部豪雨災害で、学生が集まって災害支援をし、その振り返りをして次の活動に活かす「大学生災害ボランティア支援センター【うきはベース】」の運営に携わっていました。こうした経験を長野の高校生や大学生、災害支援関係者に伝えました。「学生だからできること」をどう見つけ周りの大人や団体と協力して実現していくのか。長野では前例がなかっただけに、須磨さんの経験は長野の学生にとって貴重なものでした。

※写真撮影:ナガクル編集デスク寺澤順子(2019年11月17日もんぜんぷら座で開催された第1回高大生災害情報共有会議)
大学生の災害ボランティアの拠点「信州ベース」オープン
年が明けた2020年2月。「学生を受け入れ、そこに宿泊しながらボランティアができる拠点が欲しい」と、5人の学生とともに小布施町でシェアスペースの2階を借り「信州ベース(大学生災害ボランティア支援拠点) 」を立ち上げました。「災害支援で学生同士につながりができることはとても大事なこと。長野に来た今も、九州北部豪雨のときの学生の人脈で、支援をもらえたり、頼ったりしています。そこで、長野にも、そういう場が必要だと感じ、信州ベースを作ったのです」と須磨さんは話します。ここを拠点として、学生による農地や家屋の泥出し作業や、豊野町のまちの縁側「ぬくぬく亭」で子どもたちへの学習支援活動などに関わりました。

しかし、3月に入ると新型コロナウイルス感染症拡大により、学習支援などの活動が継続できなくなります。「ベースとして残す意味はあるはず」と、すぐ横の民家を借りて、信州ベースの運営の継続を決めました。須磨さん自身は、大学を無事卒業。故郷の福井県で、自分がやりたかったスクールソーシャルワーカーとしての仕事にも週に一度通いながら、小布施町の地域おこし協力隊の防災担当として4月から着任し、そのまま小布施町に住むことにしました。

※写真は須磨さん提供 (2020年2月10日に撮影 信州ベース立ち上げのメンバー5人で)
大学生の災害ボランティアの拠点「信州ベース」オープン
社会人になってもつながり続けられる場を目指して
11月現在、信州ベースでは、主に写真を洗浄する活動「あらいぐま信州@おもいで復興プロジェクト」を主に実施しています。ボランティア活動中に泥水に浸かった多くの写真が山に積まれていたのを目の当たりにしたからです。「この活動なら長期で学生にもできる」と、洗浄して保存する技術を教え、学生たちと根気よく取り組んでいます。取材した日には、清泉女学院短期大学の学生3人が、ボランティア活動の一環として、写真洗浄作業をしていました。


台風19号災害から一年が経過し、須磨さんは、「信州ベース」を維持し、復興のための支援活動を継続するための資金調達や、行政、社会福祉協議会、NPO、ボランティア団体との情報交換や連携、そして何より被災地に足を運んで被災者と対話し、寄り添う日々を送っています。


※写真は取材時に撮影 (2020年11月8日信州ベースで写真洗浄作業の様子・右下写真は洗浄して干している写真の数々)
社会人になってもつながり続けられる場を目指して
最後に、学生から社会人へと立場が変化した須磨さんに、あらためてこれからについて聞きました。

「学生時代は社会人に守ってもらっていたからこそできたことも多かったと実感しています。今度は自分が社会人として責任を取る立場になりました。ぜひ学生は信州ベースの中で、自由に活動してほしいと思っています。そして信州ベースでつながった学生が、社会人になってもつながり続けられる場を提供できれば」と語る須磨さん。

県境や学校の枠を超えて災害支援活動で出会った人脈や活動が、彼自身の人生を選ぶきっかけとなりました。そして、その経験で学生たちをつなぎ、自ら考えて行動する力を引き出そうとしています。大人にとっても学生と地域をつなぐハブでもあります。いま、須磨さんという存在が、地域にとって大きな価値となっています。

信州ベース(大学生災害ボランティア支援拠点)
長野県小布施町(場所は非公開)
連絡先電話番号 080-6368-1924
メールアドレス 7.5tunagu@gmail.com

取材・文章: 増田 朱美 (ナガクルソーシャルライター) 構成・編集: 寺澤 順子 (ナガクル編集デスク)