「まだ」終わってない

復興へのアクション復興へのアクション
被災地域によりそいながら復興へ歩む焼肉店
2021.03.19
被災地域によりそいながら復興へ歩む焼肉店
「お店をやろうと思ったのは、被災された方と一緒に足並みそろえて“まちおこし”をするために。」
長野市信州新町在住で、キッチンカーを使ったイベント業をされている星野良和さんご夫婦は、2021年に長野市穂保に「焼肉もんも」をオープンさせました。

※(写真左から)店長の宮腰さん、星野さん奥様、星野良和さん
3ヶ月で4万食。食べる喜びが支援の第一歩
星野さんたちは被災当時、お店をオープンさせたこの場所でキッチンカーなどを使い、3ヶ月に渡って、約4万食のお弁当の提供を行っていました。
3ヶ月で4万食。食べる喜びが支援の第一歩
「大きな災害が起こると、被害の状況を報道などで見て、他人事ではない。困っている人にできる事はないかなと思って被災地支援に行っています。」
良和さんは、阪神淡路大震災や東日本大震災など、日本中に大きな災害が起こるたびに、支援物資を持って、ボランティアに駆け付けていらっしゃるそうです。

令和元年東日本台風災害が発生した翌日(10月13日)。
星野さんは、避難所になっていた長野市三才にある「北部スポーツ・レクリエーションパーク」に炊き出しに行きました。年に1度のおまつりでキッチンカーを出店していて知っている場所だったからだそうです。
しかし、そこには自衛隊の炊き出しが来ていたので、星野さん達は在宅避難されている方を支援しようと穂保の廃業した飲食店跡の駐車場に移動したそうです。
1週間は自腹でお弁当を振る舞い、その後支援チームが発足。
毎日集まる食材で、管理栄養士の資格を持つ星野さんの奥様がメニューを考え、野菜好きな長野の方に、野菜たっぷりバランスも考えられたお弁当を提供しました。
「味噌汁を作ってもらえませんか?」そんな被災者の方の声も聞きながら、
「食べている間が、少しでも気持ちが落ち着くような時間になったらいいな」そんな想いで毎日お弁当づくりをされていたそうです。

「みなさん、被災直後は食べることくらいしか楽しみがきっとなかったんだと思います。『あたたかいものが食べられておいしかった。』『明日のお弁当はなんですか?』
なんて聞いたらやめられなくなりました。」と、笑顔で話す良和さん。
未来につながるボランティアへの支援
星野さんたちは、ボランティアの方にもお弁当を提供していました。
ある時、食材を支援してくれる方のなかから、「ボランティアさんは自前で食べ物などを用意するべきであって、ボランティアさんにも提供するなら支援をやめる」。そんな声があがったそうです。
「〝被災者を支援したい・助けたい〟という想いは、私たちも、食材を提供してくださる方も、ボランティアさんたちも一緒です。被災者の方は、本当はボランティアさんにお礼をしたいけれど、今の自分たちにはそんな余裕もない。だから代わりにボランティアさんをねぎらえば、お弁当を食べた100人のうち10人くらいでも、数年後にまたこの場所に訪れてくれて、野菜を買ったり、飲食をしたりすることにつながれば、なによりだと思っています。」

「食材を支援してくださる方にも納得いただけて、続けていくことができました」
未来につながるボランティアへの支援
「焼肉もんも」のオープンは、感謝のしるし
家が被災し別の場所へ行ってしまった方に安心して戻ってきて欲しい。
県内外からボランティアに来てくれた方々に元気になった被災地をまた訪れて欲しい。
あの時、炊き出しを食べた皆さんが集まれる場所をつくりたい。
被災された方がボランティアのみなさんにお礼を伝えたり、語り合える場所にしたい。
そんな想いから、星野さんは「焼肉もんも」をオープン。

「星野さんの周りには人が集まってくるんですよ。」
と話す、焼肉もんも店長の宮腰さんもその一人。宮腰さんも職場が被害に遭い、職場の復旧と平行して星野さんの手伝いをするなかで、星野さんの活動に感銘をうけて、「ボランティアなどのノウハウを教えて欲しい!」と、職場を辞め星野さんご夫婦と一緒に「焼肉もんも」を運営していくことになったそうです。
「焼肉もんも」のオープンは、感謝のしるし
「お店の利益は度外視です(笑)。これからは、救援から復興に向けて、地域の皆さんと一緒になって感謝を伝えいきたいです。」と話す良和さん。星野さんご家族は、被災地にさらに寄り添うために、今年4月穂保に転居される予定だそうです。

お店には、地元で被災された方そしてボランティアに来られていた方、星野さんの奥様の楽しそうな明るい声が響いていました。

1人が動く事によって、大きな大きな支援の輪が広がっていって、多くの被災された方の支援につながる。
気持ちの強さは、周りの人を大きく動かす力がある事を改めて感じました。